マッタリ=1ダース【1p集】

第22話、翁の戦い

「さて、どうしたものかのう」

 御歳七十三。歴戦の勇将、框雨月(かまちうげつ)は軽装な鎧を纏い、口元に手を添える。

 既に家督を嫡男に譲り隠居を決め込んでいたのだが、主家の大事と知るや否や、息子を御殿の傍らに差し向け、自らは兵を率いて馳せ参じた。老体に鞭打つ行動に感激した若き当主、宝月光永は、雨月に先方隊の一部を任せるに至った。

「物見はまだ戻らぬか?」

 雨月隊は当初の目標である拝田(はいだ)城を難無く奪ったものの、敵領深く入り込んでいた。

 領地を接する仇敵、門司介春は国境を越え、近隣の村々に対し度重なる略奪行為に及んだ。村人たちの悲痛な訴えにより光永は何度も出撃したのだが、その度に素早く撤退され、打撃を与える事が出来なかった。

 今度こそ、の思いが光永にはある。敵の動きに合わせて敵領内の拝田城を奪取し、退路を断つのだ。そして、孤立した門司軍を叩く。

 敵の越境部隊は約一千。しかし、雨月の今の状況は芳しくない。拝田城に沿って早急に防衛線を築かねばならぬところを、肝心の別働隊が現れぬのだ。敵が動き出す前に動かねばならない、そう雨月は思っている。

 門司軍の動員数を考えると、兵五千は下らないだろう。宝月軍は約四千。敵の越境部隊一千が孤立するとしても、対する雨月の手勢は五百に満たなかった。奪ったばかりの小城に四千で攻め掛かられては、一溜まりもなかった。敵の本隊が現れる前に、全てを成すのだ。

「物見の報告によりますと、敵本隊が此方に向かっておりまする」

 来よったか!
 窮地に陥ったにも拘らず、雨月は武者震いする。

「兵五十をお貸し下され。城外で伏せ、食い止めて見せまする」

 そう訴えたのは、宝月家の若武者、堀之内与五郎であった。

「たわけ。お前のような若き逸材を、むざむざと敵の手に掛からせるものか!」

 叱り飛ばした雨月は、床机からむんずと立ち上がり、号令する。

「皆の者、聞けえい! 今より敵の越境部隊を叩き、本隊に合流する。悟られぬよう急ぎ小城を偽装せよ。時を稼ぎ、事を成すのじゃ。そして兵は……お主が率いよ」

「なんと!」

 思わぬ命に与五郎が跪く。

「兵五十は、ワシに任せよ」

 まるで子供を諭すように笑う。それが、あの雨月翁の……最後の奉公であった。

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