マッタリ=1ダース【1p集】

第23話、フェスティバル

 一人で欧州に旅行をしたのは、その時が初めてだった。

 沢山の国を跨ぐのを理由に、言葉を覚える努力もせず、手荷物をスーツケースに詰める。そして、あってないようなスケジュールからはみ出て、観光名所でもない、とある農村に立ち寄った。

 その村で私は、不思議な光景に遭遇する。真っ直ぐに伸びた道を、ぼんやりと同じ方向にとぼとぼと歩く村人たちの列だ。大人から子供まで、急いで出てきたのか、手にしていたものをそのまま持って、歩いている。

「何があるんですか?」

 私は鍬を持っている青年に声を掛けた。青年は立ち止まり、無表情に振り返る。

「あっちだよ」

 大きく口を開けて青年は指差す。その方角を見たが、ただ列が続いているだけだった。

 ──夕方過ぎ、宿帳に記入しながら支配人に酒場の場所を聞く。唯一の酒場は、自分が泊まるホテルのキッチンがそうだという。一度部屋に戻って、教えられたキッチンへ行く。なるほど、カウンターに地元の人間が集う、酒場となっていた。

 そこで私は、次のような話を聞いた。

「百年に一度、まるでピクニックやハイキングのように、どこからともなく人が集まる」

 男たちが口を揃える。

「それで、何がある?」

 ビールを驕る。彼等はへらへら笑いながら、こう言った。

「フェスティバルさ」

 酒場の男たちは、付け加える。

「気になるんなら、付いて行けばいい。だがな、戻れなくなるぜ、兄チャン」

 ジョッキの泡が垂れる。

「何年も前に、そうやって付いて行ったバカもいたな。返って来なかったが……」

 きっとそのバカの一人を、私は知っている。連れ戻せるのなら、もう一度、チャンスを与えてやりたい。

 フェスティバル……、間違いない。弟も同じ事を言っていた。

 弟は婚約者と共に、旅先で行方不明になっている。手掛りはたった一枚の葉書だ。

「兄チャン。百年に一度だぜ。それ以外の日に並ぶと、順番に地獄へ堕ちるそうだよ」

 酔っ払いが今夜も良く喋る。

 ──馬鹿馬鹿しい。

 日本で心配している高齢の母が、このままでは死ねぬと歯を食い縛っている。

 私は、確かめなければならない。その先に何があろうとも、残された者の痛みを越える事など有りはしないのだから。
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