マッタリ=1ダース【1p集】

第26話、ネジ1本の命

 電車に乗っている私の前に、年齢だけではなく、背の高さや体格も真逆のサラリーマンが、二人並んで揺られている。

「町の中古自動車販売会社の話なんですがね」

 話を切り出したのは、小さな方だった。降水確率が30パーセントの日でも、英国紳士のように、腕に傘を引っ掛けているような男だった。

「いわゆる、チェーン展開をしていない、個人でやっている小さな工場なんですが」

「ええ」

「車を買った長い付き合いで、修理を頼もうとしていたのですが、なかなか予定が合わなくてね」

「ほう」

「倒れたんですよ。いえ、ね。命に別状はなかったのですが……、それで入院。一人で切り盛りしている経営者でして、ですから、退院するまで修理を待っていたんです」

 フランチャイズ契約なしの小さな町の業者。インターネットで販売機会と在庫リスクを共有する業界では、なかなか珍しい。

「頑固な親父でしてね。ネジ1本の緩みも許さない性格で、車を持っていく度に、叱られましたよ」

「そうなんですか」

「なのに、自分の体には無頓着で、入院先で叱り飛ばしてきましたよ」

「さぞ、苦笑いだったでしょう」

「それがね、早く仕事に戻らないと……って、聞かないんですよ。点滴のチューブが繋がっているくせに」

 ──ネットに溢れる情報社会は、人と物と金の関係に、劇的な効果をもたらした。見知らぬ誰かとの邂逅は、新たな世界の構築とも言えるのかもしれない。

 しかし、それではこのやりとりは一体、なんなのであろう。


「今度は私の方がもっと注意して、オヤジの体の心配をしておきますよ」

「ハハハ、そうですね」

 カタンカタンと、車両が音をたてる。車内の中吊りに、大袈裟な文字が踊る。

「今日は外回りですか?」

 ガタイの良い方が聞く。

「ええ、そうです。いろいろと回ってきますよ」

 カタン、カタン。リズムよく、電車は進む。

 耳にイヤホンを付けた乗客が目につく。携帯をいじっている乗客も多かった。

 キーイッ。

 溜め込んだエネルギーのせいで、体が斜めに傾く。ドアが開き、二人は揃って下りた。

 ──私が降りる駅は、まだまだ先だった。

 しかし、今日はせめて終点まで、物思いに耽ってみたくなった。
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