マッタリ=1ダース【1p集】

第30話、トイカメラ

「おや? 見掛けないカメラですね」

 声を出す度に唾を飲み込む。強い日差しに照らされ、にじみ出た汗のしずくが、皺の上を丹念に乗り越える。

 安っぽい小さなカメラを手にし、私は店の奥にいる馴染みの店主に尋ねた。

「ああ、いらっしゃい。それ、トイカメラですよ」

 手が離せないのか、背中を向けたまま返事をする。店主には私がどのカメラの事を聞いているのか、分かっている様だった。

「トイカメラ? トイっておもちゃの意味の?」

「ええ、まあそうなのですが……」

 漸く此方にやって来て、カウンターから身を乗り出す。
 正面に見えるのは、店主の禿頭だ。

「デジカメだから、トイデジとかいう分類になりましてね。普通にカメラをお探しの方には、なかなか見付けられない代物ですよ」

 雰囲気の違うトイカメラは、硬派な質感の製品たちに囲まれ、一際目立っていた。手にして更に安っぽさを感じたが、私はある意味新鮮にも思えた。

「案外、シャッターがしっかりしていますよね。重さはありませんが……」

 何回か押してみる。懐かしい感触でもあり、なかなか心地良い。

 シャッターを切るためには本体やボタンの大きさの他に、ある程度の重さが必要だ。今の流行りの機種は、機構的なスイッチというより、寧ろ認識するといった感じだろうか。

「案外じゃなくて、意外にも、でしょ?」

 ニヤニヤとする店主。

「所詮は玩具なんですけどね」

 そう付け加えた店主の側で、心躍る私がいる。

「いや、僕たちが物心ついた頃には、真剣に玩具をいじったものですよ。質感はなくとも、機構的な仕組みはそのままの……」

「そうでしたな。今になっては玩具の方が、製品そのものの良さを、残しているのかも知れませんね」

 トイカメラを手にする店主の様子をつぶさに見ていた私は、店主の気持ちが手に取るように分かった。

「白状なさい。貴方、そう思って、仕入れたんでしょ?」

「うへへへ」

 にこやかに頭をペチペチと叩く店主。

 変わらないもの、変わって欲しくないものは、実は何気無く存在していたりする。

 この店との付き合いも、そんな一つかもしれない、と、私は思った。
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