マッタリ=1ダース【1p集】

第48話、ネクストジェネレーション

 黒い背広に黒ネクタイ、左手に黒色のビジネスバッグを下げた男が、ホームの一番前に立っていた。

 狭いホーム。

 一歩でも、1センチでも前へ──ということだろうか? 白線はホームの端面から、ギリギリのところに引かれている。

 気を許せば、線路に転落──いや、通過電車が走れば、吸い込まれる危険性もある。

 田舎の寂れた無人駅の残骸ならまだしも、ここは夜も煌めく都会のど真ん中だ。ひしめき合う人々は、改札制限のブザーを背中で聞いた、選ばれし強者たちだった。

 ホームに電車が入ってきた。減速する素振りを見せようともしない。

 これは……通過、だ。

 運動会の隊列のように、スーツを着た老若男女が、前の人の腰辺りに手を添え、支える。

 その瞬間、電車は警笛をならしながら、男の眼前を、猛然と通過する。

 髪の毛がざわめき、ネクタイが顔をぺちぺちと叩く。男の体は何度も前のめりに傾いた。

 通過電車が去り、ようやく男が待っていた電車が到着する。

 すし詰めのドアが開くと、一気に吐き出される乗客。傍らで見守り、キリの良いところで男は乗り込む。後続客が車内の空間を満たしてゆく。

 つり革に掴まって踏ん張っていた男に、扉の外側にはみ出した乗客を乗せるべく、ガタイのある駅員のショルダータックルが、更なる圧迫を生む。それに耐えかねた男の鞄が、密着したまま悲鳴をあげて破裂した。

 そんな車両の外では、並行レールの増設のため、つるはしを握り締め、徹夜で地面を掘っている多くの作業員が汗を流していた。

 クーラーの付いていない電車を、暖房車、と呼んでガッカリしていた時代。そして国を支えてきた人たち。

 あれから何世紀も経た現代に、男はすし詰めに耐えながら、文句のひとつも言えず、扉が閉ざされる。

 ホームの明かりが消され、虫たちが散ると、無言で動き出す電車。薄暗い車内であったが、トンネルに入るとカチカチと明かりが付いた。車両の隅でうなだれていた男の表情も緩み、顔をあげる。

 すると……今まで気付かなかった不思議な光景を、男は目にした。

 それは、女性専用でも、男性専用でもない、涼しげで人も疎らな隣の車両が存在すること、そしてトンネルを抜けた今でも、明々と照らされ続けているという事実であった。
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