Rhapsody in Love 〜約束の場所〜



 何も言葉にならず、みのりはますます顔を赤くする。冷やかしていた生徒たちも、ポカンとした顔をして様子を窺いはじめた。


 みのりは両頬を両手で隠しながら後ずさりをして、後ろ手に出入り口のドアを開けた。


「……ちょっと、……忘れ物……」


 やっとのことでそう言葉を絞り出すと、教室を飛び出し、速足でその場を逃れた。

 教室全体が、何が起こったのか……という空気に包まれ、静寂が漂った。


「どうしたんだろ、先生。私、何か悪いこと言った?」


 不安顔で、宇佐美は遼太郎の前に座る平野という女の子に話しかけた。


「いや、別に……。何か思い出したのかな?」


と、平野は推理したが、本当の理由は知るはずもなく、会話は途切れた。
 他の生徒たちも、ひそひそと首をかしげながら話を始める。



 みのりが赤くなったのは、〝ひと夏の経験〟を思い出したからではない。
 遼太郎は、今みのりが、確実に自分と目が合ってから赤面したことを確認していた。

 本当の理由を知っている当の遼太郎は、みのりと同じくらい赤い顔をしていたが、頬杖をつき、教室の中心から顔を逸らせて窓の外を見ていた。

 そして、目を閉じて、心の中に澱のように漂う罪悪感を感じて、また息苦しくなった。



< 140 / 743 >

この作品をシェア

pagetop