ウソつきより愛をこめて
「あれ…」
シャワーを浴び、髪を乾かし終わって浴室から出てきた私は、リビングの光景を見て目を丸くする。
「なにやってんの?」
車を降りてから寧々をベッドまで運んでくれた橘マネージャーにお礼を言って、私はそそくさとお風呂に向かった。
機嫌の悪い彼とこれ以上諍い(いさかい)を起こしたくないから、それは当然の判断で、私がいない間に自分の部屋に帰ると思ったのだ。
それにもかかわらず、彼はダイニングテーブルの上に準備された1人分のすき焼きと睨めっこしながら、気だるそうに頬杖をついている。
「…食えば」
やっと言葉を発したと思ったら、そのまま目も合わさず、どこかへ顔をぷいっと背けてしまった。
(すごいわかりやすく拗ねてる…)
三十歳目前の彼の、その子供のような仕草がおかしくて仕方ない。
こんな時間にこのボリュームのものを食べたら、明日確実に胃がもたれそうだけど、私はおとなしく自分の箸を持って席に座っていた。
「…いただきます…」
一応前に座っている橘マネージャーに声をかけてから、すき焼きの肉に箸を伸ばす。
柔らかくてよく味が染み込んだそれは、それほど空腹ではなかった私の食欲をとても刺激してくる。
気が付けば全部平らげてしまって、自分でもびっくりしてしまった。
「ごちそうさま。はー、やっぱり橘マネージャーは料理上手いね」
胃が満たされ、心までもがいっぱいに満たされる。
そんな私を一瞥して、彼はまるでなんでもない日常会話のように、その言葉を口にしていた。
「…どうだ。俺と結婚したくなったか」