ウソつきより愛をこめて
寧々は特段、男の人を嫌ったりするような性格じゃない。
橘マネージャーとは気が合うのか、すぐに打ち解けていたほどだ。
だから私にとってそれは、衝撃の言葉だった。
「なんで…?ひろくんはパパなのに…」
「ここで立ち話もなんだから、そこの店入ろうか」
寂し気に笑うひろくんに促され、私たちは近くのカフェに入る。
それからメニューを見て飲み物を選ぶ間も、頼んだコーヒーが来てからも、ひろくんはずっと黙り込んだまま。
外の景色だけを、厳しい眼差しでじっと見つめていた。
「…俺、実はあれからずっと東京に住んでたんだ」
「……え。ほ、本当?」
「段々お腹の大きくなるマリカを抱えて、最初は毎日食べるだけでやっとの…苦しい生活だった。仕事もなかなか見つからなかったしね。マリカはそんな俺に文句ひとつ言わずについて来てくれて…大分苦労かけたよ」
「そうだったの…」
ひろくんはマリカと駆け落ちする時、両親たちの目の届かない、なるべくここから離れた土地へ行こうと思ったのだろう。
大学を出てやっと決まったばかりの地元の就職先を蹴ってまで、マリカと一緒に逃げる道を選んだんだから。
「寧々が生まれた時が、人生で一番幸せだった時期だよ。守るものが出来ると、やっぱり仕事に対する意気込みが変わってくるんだ。…その時大学時代の友達に誘われて、一緒にIT関連の会社を立ち上げた。それが運良く軌道に乗ってね、もうマリカにも寧々にも貧しい思いはさせないって、俺は脇目も振らずがむしゃらに働いたんだ」
東京にいるって知ってたら、私もマリカの助けになれたかもしれない。
さっきまで険しかったひろくんの表情は、その当時を懐かしむように柔らかくなっていた。