ウソつきより愛をこめて

「毎日帰りは深夜。寧々の寝顔を見れるだけで、マシな方だったよ。出張で色んな所を飛び回るようになる頃には、一年の半分も家に帰れなかった」

「随分…大変だったんだね」

「見返りに、暮らしは前と比較にならないほど裕福になったよ。セキュリティ付きの広いマンションに引っ越して、車も持って。マリカにも今まで我慢させた分、服やブランド品もどんどん買い与えたることが出来た。でも彼女は全然喜んでくれなくて…それどころか、貧乏だった頃よりも笑う回数がどんどん減っていったんだ」

「……」

ひろくんの瞳に、悲しみの色が広がっていく。

私はそれ以上何も言うことが出来なくて、彼の後悔の念を黙って聞いてあげることしか出来なかった。

「寧々はもう、俺に寄りつきもしなかった。俺が帰ると泣いている母親のそばから離れなかったんだ。当然だよ。俺はマリカに任せっきりで、育児なんて何もしてこなかったんだから。寧々が初めて発した単語も、初めて歩いた瞬間も。…俺は寧々のこと、ほとんど何も知らないんだ」

その場で頭を抱えてしまったひろくんに、私は思わず自分の手を伸ばした。

昔から見上げる程背が高く逞しかったその身体が、今はなんだか小さく見えたから。

「マリカは今、都内の病院に入院してる…」

「…えっ!?」

「1ヶ月前買い物してる途中で倒れて、救急車で運ばれたんだ。多分エリカに寧々を預けたすぐ後だと思う。ストレスと疲労で、胃に穴が開く寸前だったって医者に後から言われたよ」

マリカが寧々を預けに来た時の折れそうなくらい細い腕を思い出して、私は差し伸べようとした手を止め激昂する。

「そんな状態のマリカを、東京に一人残して来たって言うの…!?どうして?…ひろくん!そばにいてあげてよ!」

周りの目なんか、気にする余裕すらなかった。

私にすら真実を話そうとしないで、あの子はどれだけの悲しみと寂しさをひとりで乗り越えようとしたことだろう。

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