ウソつきより愛をこめて
「もう、病室には来ないでほしいって…言われたんだ」
「…っ!」
「一緒にいるのも無理だって。…もう、俺の顔も見たくないらしい。家庭を顧みないで仕事に没頭したせいで、俺は完全に嫌われてしまったんだ」
ひろくんの目尻が、赤く充血していく。
男の人がこんな風に涙を堪えるところなんて生まれて初めて目にした私は、胸に張り裂けそうな程の痛みを感じていた。
「そんな…意地張ってるだけに決まってるじゃない。マリカが、本気でそんなこと言うわけ…」
動揺する私の前に、ひろくんは封筒から折りたたまれた紙を一枚取り出す。
妻の欄が全部記入された離婚届を見た瞬間、私の身体には戦慄が走っていた。
「な…なにを」
「病院でマリカに渡された。…前から準備していたのかもしれないな。私は…いつ出してもらっても構わないからって」
「バカじゃないの…」
「本当にバカな父親だよな」
「ひろくんだけじゃなくマリカも!」
「…え…?」
「離婚なんて…そんなことになったら1番可哀想なのは寧々だよ。なんで2人とも自分のことばっかりで、1番大事な子供のこと考えてあげられないの…?」
涙が勝手にポロポロと溢れてくる。
寧々は二歳にしては聞き分けがよくて、泣いたりぐずったりすることもほとんどない。
本当に手のかからない子で、かえって子供らしくなくて心配になる。
本当は甘えてわがままを言う時期なはずなのにそうしないのは、マリカの手を煩わせないように自然に身についてしまったからだろう。
「エリカ、ごめ…」
「…私に謝るくらいなら、さっさとマリカの心を取り戻してきてよ」