ウソつきより愛をこめて
そのまま一礼して身を翻す。
エレベーターを使わずに階段を使って、私は四階から一階までを無我夢中で駆け降りていた。
「…はぁ…、はぁ…っ」
日頃の運動不足のせいか、簡単に息が上がってしまう。
さっきから胸が苦しいのは、きっと酸素が足りないせいだ。
「寧々…」
保育室のガラス張りのドアからその愛らしい姿が見えて、私はやっと安堵する。
中に入った瞬間勢いよく抱きついて来た小さな身体を、私はほとんど夢中で抱きしめていた。
「ママーっ」
私の元気がないことを子供なりに感じとっているのだろうか。
寧々は甘えるように、私の胸へと顔を何度も擦りつけていた。
「…帰ろっか」
「んっ!」
いつも通り寧々の手を握りしめて、従業員の出入り口に向かって行く。
少し遠回りになるけど、裏口から出ればよかったのかもしれない。
ちょっとだけ由子と世間話していたから、橘マネージャーと別れてもう十五分以上が経過している。
もうこの時間なら誰もいないだろうと安心しきっていた私は、そこにいるはずのない彼の姿を見てものすごく後悔する羽目になってしまった。
「…え…?」
今から火をつけようとしていた橘マネージャーの咥えていたタバコが、口からぽろっとこぼれてアスファルトの地面に落ちていく。
くっきりとした二重まぶたの印象的な瞳は、私と寧々の顔を交互に行き交っていた。