ウソつきより愛をこめて
「先に行って待ってろ」
唇の動きだけで、そう言われたことに気づいてしまった。
ポケットの中にあるのは、事務所の鍵じゃなくて橘マネージャーの車の鍵で。
「…お疲れ、様でした」
若干顔を引きつらせて、私はエレベーターに乗り込んでいく。
扉が締まる瞬間、こちらを向いた橘マネージャーの口元が、意地悪そうに孤を描いているのが見えてしまった。
この後食事とか…行くわけじゃないんだ…。
橘マネージャーの意図を知って、私はほっと胸を撫で下ろす。
安心した理由を一瞬考えて、すぐに辞めた。
歩いて帰るには寒くなってきたし、あの車は外車で、シートの乗り心地は半端なくいい。
寧々がいつも、嬉しそうに運転席の橘マネージャーに話しかけている様が浮かぶ。
助手席に寧々以外の女を乗せたりしたら、大事なお姫様に嫌われちゃうもんね。
「しょーちゃん…」
「大丈夫だよ寧々。もうすぐ来るから」
保育園に姿を現したのが私一人だった時から、寧々はしょんぼり気味だった。
ママがいるというのに…この反応は結構複雑。
今や完全に橘マネージャーに懐いてしまった寧々は、彼がいないと本当に寂しそうな顔をする。
この前は由子に聞かれてたまたま頷いてしまっただけだろうけど…。
寧々の父親のことは、私もよく知ってる人。
まさか本当に橘マネージャーをパパだと思ってたりしないよね?