偽装結婚の行方
職場に戻った俺は、すぐさまパソコンを落として帰り支度を始めた。急いで尚美のアパートへ行こう。いや違うな、家に帰ろう、だな。


「すみませんが、早退します!」


コートを引っ掛けながら上司にそう告げた。


「どうした? 急用か?」

「はい、とても大事な用事がありまして……」

「ふーん。人生の一大事って感じだな? 女にプロポーズでもするのか?」

「そうです! では」


上司はポカンと口を開け、背中から女子社員達の黄色い悲鳴が聞こえたが、それらに構う事なく俺は職場を飛び出した。


家に向かいながら、俺は嫌な事ばかり想像してしまった。そして首を振り、頭の中で想像した最悪の光景を打ち消す。そんな事を何度も繰り返した。


尚美……頼むから無事でいてくれ!


アパートの階段を一段飛ばしで駆け上がり、ドアノブに手を掛けたが鍵が掛かっていた。俺は呼び鈴を圧しつつ、震えがちな指で鍵を差し込み、ドアを開けた。


中は、ほぼ真っ暗だった。尚美や希ちゃんがいる気配はなく、空気がこもった感じがし、冷え切っている。


「尚美、いるのか!?」


叫びながら中に入り、明かりを点けていったが、やはり尚美も希ちゃんもいなかった。

取り敢えずひとつの最悪な想像は避けられたものの、もちろんまだ安心は出来ない。尚美達はいったいどこにいるのだろう……

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