偽装結婚の行方
「だったら……」


と伸一君は言葉を続けた。俺を真っ直ぐに睨んだままで。そして、


「もう、姉貴を泣かすなよな?」


と言った。

尚美が、泣いていた……?

そうか。そうだろうな。尚美は、さぞや心細かっただろうな。親や周囲の人からは責められ、随分と辛い思いをしたに違いない。

客観的に見れば、妻子ある男との口約束を信じ、その男の子どもを身篭るなんて浅はかかもしれない。しかし、愛してしまったのなら、仕方ないのかもしれない。実際のところ俺には解らないが、そういうものかなと思う。

悪いのは、その男の方だろう。たぶん渡辺とかいう奴。許せんなあ、同じ男として……


「おい、どうなんだよ?」

「ああ、わかった。もう泣かせたりはしないよ」

「その言葉、忘れんなよ? もしまた姉貴が泣くような事になったら、俺はあんたを許さねえからな?」


俺が「わかった」と言いかけたところに、尚美がやって来た。


「何の話?」

「いや、ちょっと世間話?」


とか言いながら、俺は尚美からボストンバッグを受け取り、トラックの荷台に載せた。


「本当かしら? 伸一、涼に変な事言わないでよ?」

「べ、別に変な事なんか言ってねえよ」

「本当に?」

「ああ」


伸一君は口を尖らせてそう言うと、さっさと家に入って行った。


「あの子、失礼な事言ったんじゃない? ごめんね?」

「いや、そんな事ないよ。それどころか、姉思いのいい弟さんだと思うよ」

「そう?」


事実そう思ったし、彼に言われた通り、尚美を二度と泣かせたくないと俺は思った。どうすればいいかは別として……

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