月夜のメティエ
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「いらっしゃい~。この間はありがとうね」
今日はワインレッドのシャツを着た壱路ママがカウンターの中に居た。ママに手を振り、カウンター席に座る。ピアノ演奏は始まっていた。
少しだけ残業をして、店まで急いで来た。2回目だから、道も覚えた。今日は忙しい日だったけど、トラブルも無く夕方になったから助かったな。
ピアノがある奥を見ると、奏真の横顔が見える。1ヶ月ぶりの彼の姿は、胸を締め付けた。
今夜は少し客が少ないように感じる。平日の真ん中だもんな。
「金曜だけ弾いてるんじゃなかったんですね」
前回来たときに、弾く日を増やして欲しいとか言ってたのを思い出した。
「そうなの。まぁ週末の方がお客さんもたくさん来るから、金曜と土曜とかの方が良いんだけど、他のお店とかの調整しないとそこはね。平日は教室もあるし。音楽教室は夜が無い時もあるみたいなんだけどね。とりあえず今日来て貰ったの」
そうなんだ。忙しいんだなぁ。ああ、そう言えばここのピアノ、スタンウェイだった。チャンスがあったら触らせて貰おう。素人がベタベタ触ってはいけない品だ。
そんなピアノを置いているなんて、本当にこのママは謎が多いなぁ。
「ビール?」
「あ、はい」
今夜も美味しそうなビールがグラスに注がれて出てきた。琥珀色の液体は、お疲れさまー! って言ってる。流し込めば喉を刺激する。なんてね。甘くないバターラスクにサーモンが乗ったフードを頼む。サーモンの塩気がとてもビールに合っていて、もっと飲みたくなってしまう。
時間を見ると、もうすぐ20:30になるところだった。
「ああ、美味しい」
思わずそう口から出る。
「お疲れさま。奏真くんに呼び出されたんでしょ」
ウフフと笑う壱路ママだった。「ええまぁ」と言って、またひとくちビールを飲む。
「他の友達が掴まらなかったんじゃないですか?」
皮肉って言った。自分をだけど。