狂妄のアイリス
「コラ、バイ菌入るだろ」

「あっ……」


 指をしゃぶっていると、いつの間にか電話を終えたおじさんが戻ってきていた。

 後ろからおじさんの手が伸びてきて、包丁を持ったままの手がつかまれる。


「はい、放して」


 おじさんにつかまれた手から包丁が取り上げられて、シンクに置かれる。

 手はつかまれたまま、おじさんは私を離そうとはしない。


「唾液は意外と雑菌が多いから、舐めないこと」

「ごめんなさい」


 切ったことじゃなくて、舐めたことを叱られてしまった。

 おじさんは蛇口をひねると、今度は口にくわえていた方の手をつかむ。

 傷口を水道水で洗浄されて、清潔なタオルで拭かれた。

 私はおじさんに手を引かれて、リビングに連行される。

 ソファーの前で解放されると、今度は肩を押されてソファーに座らされた。
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