狂妄のアイリス
「朱音、寝ちゃったのか?」


 しょせんは襖戸。乱暴をすれば開けられないことはない。

 けれど、そこまでする人間はこの家の中にはいなかった。


「朱音、起きて」


 根気強く、襖の中に語りかける。

 襖をしばらくノックしていると、中から蚊が鳴くような声が聞こえてきた。


「お兄ちゃん……?」


 その声に、青年はほっと息をつく。


「うん。お兄ちゃんだよ。お母さんが起きてくる前に、出ておいで」


 中からつっかえ棒が外される音がして、襖の隙間から火傷を負った手が顔を出す。

 そろそろとその手によって襖戸が開けられ、頬骨の辺りを蒼くした少女が顔を出した。


「また、お母さん?」

「ううん。わたしが、自分でやったの」


 押し入れの下段で膝を抱えた少女が、首を横に振って答える。
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