狂妄のアイリス
 心底聞きたくないと思う。

 聞かないようにしなきゃ。

 それでも耳を塞ぐようなあからさまな行為は出来なかった。

 母の言葉を耳から追い出すように、テレビに意識を集中させる。

 それでも、断片的な言葉が耳に入ってくる。

 学校だとか、勉強だとか、塾、友達、高校、カウンセラー、フリースクール、病院、先生。

 テレビを見ながら、爪を噛む。

 指を噛む。

 歯を食い込ませて、痛みで意識を逸らそうとする。

 耳を塞げないなら、立ちあがって部屋を出ていけばいい。

 なのに、その行動を起こす勇気さえ私にはなかった。

 ただ黙って、母の気が済むのを待つ。

 机の下で手を重ね、袖の下の皮膚に爪を立てる。


「真面目に聞きなさい! お母さんはこんなに蛍のこと心配してあげてるのに!」


 母の手が、テーブルを叩いた。

 聞いてるこっちの手が痛くなる。

 そんな音だった。
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