狂妄のアイリス
「蛍!」


 突然、母がテーブルから身を乗り出して私の腕をつかんだ。

 白い肌についた真新しい赤い筋。

 引き出された腕についたそれが、袖から見え隠れする。

 全身の血の気が引いて、母の手を振りほどこうともがく。

 けど、腕をつかむ母の手は強く、食い込んできた。

 袖から見え隠れするどころじゃない。

 もう片方の手が伸びてきて、二の腕まで袖をめくり上げる。

 新旧様々な傷跡が露わになった。


「こんな傷、もうやめて!」


 悲鳴のような母の声。

 私の腕を離して、母は顔を覆ってしまった。

 母の目に涙が浮かんでいたのは、私の見間違いなんかじゃない。

 解放された腕が、テーブルの上に落ちる。

 袖は捲り上げられたまま、凍えていく。

 母の後頭部を見つめる私の頭の中は、真っ白だった。
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