狂妄のアイリス
 容態が落ち着いて、やっと少女は病室を出ることを許されるようになった。

 ロの字型をした病棟の中庭で、少女はベンチに腰掛ける。

 背もたれにもたれかかって、初夏の生温い風を感じていた。


「こんにちは」


 花壇にはヒメヒマワリが咲いて、その隣に男が立っている。

 少女は男に気付き、顔を向けた。

 じっと少女を見つめる男の虹彩が、遠目にも日本人離れしていることがわかる。


「はじめまして、――ちゃん」


 蒼い虹彩の目を細めて、男は微笑む。

 けれど、少女には自分がなんと呼ばれたのかがわからなかった。

 聞こえないはずの声が聞こえるだけでなく、聞こえるはずの声まで聞こえないのか。

 少女は自嘲する。


「…………蛍、です」


 自己紹介する少女の目は純真だった。

 まっすぐに男を見つめている。

 こうして、時鳥の名を冠した蛍は生まれた。
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