狂妄のアイリス
 水音がする。

 三毛猫の腹から溢れだした水溜まりに、何者かが足を踏み入れ血が跳ねる。

 背後から聞こえる水音混じりの足音に、黒装束は微動だにしない。


「――――……」


 足音が立ち止まり、黒装束は声をかけられた。

 ようやく振り返った黒装束目に、男の姿が映る。

 黒装束の猫の目に、男の虹彩も負けじと劣らない。

 黒に近い褐色の瞳に、深い青色が細かく混ざっている。

 そのため、光の加減によっては青が強く出る。

 紺色の瞳だ。

 しばらくはじっと男を見上げていた黒装束だったが、ゆっくりと立ち上がる。

 体勢が変わったことで黒装束の顔を覆っていた布が緩み、落ちた。

 布は無残な三毛猫の上に落ちて、面布のように覆い隠す。

 けれど、死者の顔をそっと隠す白い面布とは違い、それは黒く長い。

 三毛猫の全身を覆い隠した布は血を吸って、より黒くなる。

 布は、マフラーだった。
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