狂妄のアイリス

 男は吐いていた。

 洗面台で水を流しながら吐き続け、胃の内容物が無くなれば胃液を吐いた。

 すえた臭いのする液体ばかりが洗面台を流れ、それでも吐き気は治まらずにえずく。

 呼吸が荒くなり、洗面台に手をつく。

 男の手に、硬いなにかが触れた。

 カッターナイフだ。

 それも、ケースに収められていない剥き出しの刃だけが置かれている。

 少女がここで手を切ったのは、昨日のことだ。

 刃には、洗い流されないままの血がついている。

 男は伏せっていた洗面台から身を起こすと、鏡に拳を叩きつけた。


「何で、こんな事に……」


 苦々しく吐き捨て、鏡の中を睨む。

 紺色の目をした男が睨み返してくる。

 拳を叩きつけても鏡が割れることはなく、男の手が痛んだだけだった。
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