落雁
学校を出て20分歩くと、指示していた場所に黒のベンツは停まっていた。
いつもの見知った甚三の顔は無く、甚三の部下が運転席に座っていた。
「お疲れ様です、お嬢」
「うん。甚三は?」
「今日は出てます」
あぁ、そうか。最近生傷も増えていたし、近くで何か起こっているんだろう。
「辰巳は出てるの?」
「いえ、兄貴はご自宅です」
父も年をとったもんだ。そろそろご隠居なんじゃないか。
じいちゃんは85歳まで当主の座を全うしたけど。
息子は不甲斐ないなぁ。
「兄貴は兄貴で何か他のもん追ってるみたいっすよ」
「え、他の?」
「はい、知らされてはねぇですけど、楽しそうだったんでそんなやばいやつじゃ無いとは思うんですが…」
逆にあたしは眉が寄る。
一人娘であるあたしにも仕事の話を持ち込まないもんだから、一体全体何を嗅ぎ付けているのだろうか。
京極に唾吐く輩のしょっぴきだろうか。
また、下っ端がろくでもない事してなきゃいいんだけど。
だんだん暗くなっていく空を眺めながらそう思った。
「ただいま」
長い廊下を渡り切って、あたしは居間に顔を出した。
居間といってもほとんど誰も集まらず、閑散としているが。
この時間だけ母が1人でテレビを観ているのだ。
「弥刀、おかえり。今日もお疲れ~」
のんびりとした声の母があたしの方を振り向いた。
「雪姉は?」
「雪子は出てるわよ~」
テレビに視線を戻した母は当然のようにそう言う。