落雁
「今日もナイスパンチ!!流石俺の弥刀!!」
「誰がいつお前のものになった」
あたしの目の前で尻餅をついている男――ボクシング部の部長、通称“ごっつ”は細い切れ長の目を更に細めて笑った。
部室を一瞥してみると、部員が床に寝ている所から見て、筋トレの最中だったようだ。
「弥刀が顔出すなんて珍しいなぁ!!筋トレしてく?」
「うん、いい?」
「もちろん!」
ごっつも額に汗を浮かべている。
ごっつは2年生だから先輩だけど、みんな敬語は使っていない。
彼もそれを好んでいないし、気まずくなるからいつも通りが良いらしい。
またそれも彼の良い所である。
部活体験の時、ミット打ちをさせてもらい、それが案外型にはまり調子を出していたら、やっぱり素人。ミットを構えていたごっつに直撃。
あたりどころが悪く、ごっつは気絶してしまった。
それからごっつがあたしのパンチに惚れたらしく、女のあたしを部活に入れることを許可しろと当時の部長に頼み込んでくれた。
そして今に至る。
「なんでごっつなの」
「用具足りないからさぁ~」
「いやいや、後藤ちゃんでいいよ」
「マネージャーをパシリに使うな!」
「腹筋の手伝いはパシリじゃないわ!!」
がしりとごっつが足首を掴んだ。
まぁ、人柄よりも実用性だ。
足が浮かないからマネージャーの後藤ちゃんより実用的かもしれない。
掛け声に合わせ、部員と同じペースで上体を起こしていく。
ごっつと顔が近付く度に唇を尖らせるから、思い切り睨んだ。
あたしの学校のボクシング部は腹筋500回で一区切りだ。
最近ちょっと怠っていたから、一気に鍛えれてよかった。
これだからボクシング部はやめられない。
筋トレをもう1セットやり終えて、ミット打ちとサンドバッグで練習する。
あたしはまだ1度もリングに上がらせてもらえない。
まぁ、そもそも学校にリングは無いのだけど、週に何回か部員全員でジムに行き、練習試合やらをするのだ。
あたしの試合出を猛反発する部長ごっつのせいで、あたしのボクシング部の活動はミットとサンドバッグ止まりだ。
「明日はジムだからな」
ごっつが皆に声をかけて、それぞれが別々の練習をし始める。
あたしはそのままボクシング部の備品であるダンベルに手を伸ばした。