落雁
□ □ □
あぁ、眠い。
気分も乗らないし、今日は学校休むか。
汗ばんだ制服のシャツを脱ぎ捨てて、シャワーを浴びようとした時。
1人の女の子が目に飛び込んできた。
真っ黒な髪の毛を揺らして、勢い良く走っている。
何かを探しているみたいだ。
…弥刀ちゃん??
僕は目を擦る。
いや、偶然だ。
確かにここは弥刀ちゃんの通っている高校に近いけど、たまたま通り掛かったと言っていいほどの距離ではない。
いやだけど、あそこできょろきょろしている女の子は、紛れもなく弥刀ちゃんだった。
視界の端で、黒い男が自転車を降りた。
自販機があるわけでもないし、明らかに弥刀ちゃんを凝視している。弥刀ちゃんは気付いていないみたいだけど。
「ねぇ司ぁ、何みてんのよ」
ぬるりと素肌に温かい腕が回る。
「…アヤネ、あの人だれかしってる??」
たった今、“スナックあきら”の置き看板を手に持った男を指差す。
コンセントが切れているみたいで、ぶらぶらと地面に触っている。
“スナックあきら”とは、この部屋の1階の事じゃないか。
現に昨日、“スナックあきら”の明ママの娘、アヤネを抱いていたんだから。
僕の横腹から小さい顔を覗かせるアヤネ。
そして、あ、と口を覆う。
僕もびっくりした。
「きゃあ!!!」
窓を介しても伝わる、鈍い音がした。
そして弥刀ちゃんの軽い体は真横に吹っ飛んだ。
アスファルトの上に弥刀ちゃんが倒れ込む。
「ね、ねぇ司!!まずいんじゃない?…今あの子、ここの看板で殴られたわよ?」
アヤネが顔面蒼白でそれを見ている。
看板を持った男が、弥刀ちゃんの右脇腹辺りを看板で殴ったんだ。
だけど僕は、何故か胸が高鳴った。
「ねぇ、つか…」
彼女の事を心配して騒ぎだそうとするアヤネの口を、手で覆った。