落雁
男は倒れている弥刀ちゃんに、もう1度襲い掛かった。
今度は確実に、頭を狙っている。
耳をつんざく金属音がして、ぎりぎりのところで弥刀ちゃんはそれを避けた。
そして、勢い良く立ち上がる。
何か叫んだ。
額が切れているのか、鮮血が目を伝って、赤い涙を流しているみたい。
隣のアヤネが僕の指をほどこうとする。
じりじりと、2人がにじり寄った。
弥刀ちゃんは下がって、男は詰め寄って。
手には重たい看板がある。
あれで頭にまともに食らったら、ぶっ飛ぶんじゃないかな。
どきどきした。
もう1度、男が看板を横に振り、それで近付いた腕を弥刀ちゃんが掴む。
隣のアヤネの動きが止まった。
どうやら、アヤネも2人の行く末を見届けるらしい。
手を離してあげると、真剣な顔して窓に張り付く。
丁度そのとき、弥刀ちゃんの脚が、男の顔面に入る。
それはそれは綺麗に、完璧な孤を描いて。
どきり。
体に電流が流れたような気がした。
更に心臓が高鳴る。
そして、一瞬の隙も見せずに弥刀ちゃんは、男の腹あたりを両足で踏みつけるようにして蹴った。
「あ…ピンク」
僕はしっかり捉えた。
真っ黒なスカートから見えた、割りと乙女なデザインの、ピンクのパンツ。
男が地面に倒れ込み、それに跨がる。
胸ぐらを掴んで、拳をふりかざす。
そこで、弥刀ちゃんの動きは止まった。
聞こえないけど、誰かに制止させられたらしい。
僕はふと、アスファルトに踞っている男の顔を見た。
「ん」
そして気付いたら、僕の唇はアヤネに奪われていた。
まるで、私だけを見てほしいっていう、見苦しい独占欲を見せ付けるように。
彼女の熱い舌を受け入れながら、僕の目線は弥刀ちゃんと男に注がれていた。
きっと僕がアヤネ以外を見ているなんて、目を瞑っているアヤネは気付いていない。
僕の剥き出しの上体をまさぐって、自分の膨らみ2つを押し付けてくる。
僕はそれをベッドに投げ捨てて、急に押し寄せてきた、堪えていた感情が噴出した。
それは笑いとなって出てくる。
「あっははははは…おかしい」
「な、…司??」
いきなりキスを中止させられて、アヤネは不機嫌そうに僕を見上げた。
「ごめん、アヤネ。シャワー借りる」
「えっ、もう帰るの??」
全裸のアヤネが体を起こす。
「つかまえておかないといけない子ができた」