落雁
なんだよ、あの頑固は。
死ぬまで12代護りきって、13代を渡さないつもりなのだろうか。
江戸から守り続いていた京極家を消す事は簡単だけど、護りきるのは大変だ。
そんな先代達の栄光をあたしと辰巳の代で終わらせたくない。
近所の川沿いでランニングしながら、あたしは息を吐いた。
数キロ走った所で、河川敷で座り込む。
まだ午前中だと言うのに、何だこの疲労感。
今日は体を酷使しすぎたかもしれない。
折り曲げた膝に顔を埋める。
運動して熱くなった体を外の空気が冷やしてくれて、気持ち良い。
そうやってぼんやりしていると、いつの間にかうつらうつらと船を漕いでいた。
どれくらい経ったか分からないが、多分そんなに経ってない位の時の事。
甘いお菓子みたいな匂いが鼻を掠めた。
脳が溶けるような、どこか麻薬的な危うさも持っている甘い匂い。
「ひっ!」
俯いていて剥き出しの項を舐められた感触がする。
熱くて、ぬるりとしていた。
今まで汗をかいていた位熱かった体は一瞬で寒くなった。
ぞぞぞと鳥肌が立つ。
あたしはその瞬間に振り向くより早く拳を後ろに突き出した。
が、思い切り空振る。
えっ?後ろに居るはずなのに。
あたしは振り向いた。
河川敷を越えた所に、人が立っていた。
さっきまで人っ子1人居なかったから、あそこに居るやつが犯人だ。
気色の悪い真似しやがって。
「おいっ!!待て!!!」
あたしは立ち上がって河川敷を掛け上がる。
遠目だったからはっきりと分からなかったけど、学ランだ。
「待てぇえ」
すると、一瞬にして姿が消えてしまう。
何で、今まですぐそこに居たのに。
学ランが立っていた所に着いても、そいつの姿は見当たらなかった。
ほんの数秒のことだ。まだどこかに居るはず。
あたしは辺りを満遍なく探し回ったが、結局学ランは居なかった。
そんな、馬鹿な。
あたしは幽霊でも見たんじゃないだろうか。
さっきまであたしを馬鹿にするように見下していたのに。
頭に血が上る感じが分かった。
これはあれか。馬鹿にされたな。
「ぐああああムカつく!!!」
あたしは地団駄を踏む他無かった。
あの学ラン、今度会ったら絶対1発殴ってやる。あたしはそう心に決めて、そのまま川沿いを走り切った。