落雁


あたしが気付いた時には、固く握られている拳は男の顔面めがけて飛んでいた。

目を見開く男――河川敷の変態、そして先ほど純情たる乙女の下着を見た変態――それでも堅気相手に何をしてるんだ、と取り返しのつかない拳に後悔してるあたしと。

スローモーションを見ているようだった。


男は左手の平を開いて、あたしの右拳をがしりと掴んだ。

ゆっくりしているように見えた、これは人間の何と言う性質なんだろうか。スローモーション現象。


「はっや」

男は焦った声色でそう呟いた。
そしてあたしの右手を、馬鹿でかい掌で包んでいる。
え、こいつまじかよ。

父の下っ端である本物のやくざと毎日ボクシングの練習しているのに。
そんじょそこらの男は相手にならないと言われたあたしなのに。


「お嬢、ほんとうに強いねぇ」


やばいくらい甘い笑顔でそいつは呟く。

あたしは避けられたショックしかなくて、ただ呆然と突っ立っていた。

こんな細いひょろ男によけられた。
あたしが負けた。


「お嬢??」


第一。

あたしはすぐに我に返って、その状況に気付く。


あたしを外でお嬢呼ばわりするなんて、あたしの正体を知っている。


「お前…誰だ」

反射的に、あたしはそいつを警戒する。もしかしたら京極の刺客かもしれない。

過去に1度だけ跡継ぎ(相手にはそうだと思われていた)であるあたしが誘拐されたことがある。
すぐに打ちのめしたけども、京極の抹殺を狙ってあたしを狙うやつも居る。

残念だけど、あたしは今のところ次期当主でもないけどね!!


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