落雁

「うおっ!!」
「弥刀ちゃん!!!!」

聞こえたのは、あたしが殴られる音じゃなく、男の声と、芽瑠の声だった。
どさりと男が倒れる音がする。

顔を上げると、芽瑠が男を下敷きにしていた。

「芽瑠!!!」
「弥刀ちゃん、お願い!!!」

芽瑠に敷かれた男は今にでも起き上がりそうだ。

あたしは力を振り絞った。
鳩尾がまだ痛い。胃袋からりんご飴が出そう。
最後、最後だから、がんばれあたしの体力。
顎だ、顎狙え。脳みそ揺らせ。

あたしは夢中になって、そいつの顔面を殴った。

3,4発あたりで、男は声を漏らさなくなった。

殴る手を止める。
男は動かない。

「っは、はー…」

気付いたら、肩で深く呼吸していた。

なんとか、一時的にこの少年達を静かにさせることができた。

「ナイス、芽瑠」
「弥刀ちゃん!!弥刀ちゃんこそ、大丈夫なの?!」

いつものようなふんわりとした印象はない。
危機感溢れる彼女なんてレアだ。

「だいじょーぶ、それより、早くここから出ないと。もうすぐ助けがくるはず。電話、しといたから」

あたしは何とか立ち上がった。
鳩尾のダメージもだいぶ和らいだ。

芽瑠もあたしに次いで、ゆっくりと立ち上がる。
彼女に怪我はないようだ。ただ、かなり驚いてはいるらしい。

四畳半を出ようと襖に手を掛けたときだった。

「ひっ!!!」

目の前に、障害物が現れた。
真っ白な障害物。

あたしは恐る恐る、視線を上に上げていく。

人間だった。
男。3,40代。色黒。短髪。白スーツ。
甚三じゃない。

「あ?」

その声は低かった。

あたしは一瞬で悟る。こいつも敵だ、と。

「芽瑠、そこの窓から逃げて!!!」

そういうと同時に、あたしはそいつの腹を思い切り蹴った。
が、そいつが大柄なのと、あたしの体力がないとのWパンチが効いて、そいつは大して動じなかった。

「ってぇな、このクソアマ!!何してくれるんじゃ!」
「っ、い」
「弥刀ちゃん!!」

髪を掴まれると、芽瑠の悲鳴が聞こえる。
なにしてんだあいつ、早く逃げないと。

「芽瑠、はやく」

芽瑠の存在に気付いたのか、男はあたしの髪を掴んだまま、引きずるようにして四畳半に入った。
芽瑠は窓に足を掛けたまま、踏み出せないようだった。

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