落雁

勇気を出して、口を開きかけた所だった。

すっと司が立ち上がる。

「じゃあ僕、辰巳さんのとこに行ってこようかな」
「あ、あぁ…。そうだな、行ってこい」

司は妖艶に笑った。
そして、静かに部屋から出ていってしまった。

あぁ、結局聞きたいことは聞けなかった。
どうでもいい話しかしてなかったじゃないか。
自分はどうしてこんなにも要領が悪くて駄目なんだろう。

そうやって少し項垂れていたところで、また襖が開いた。

びっくりして、すぐに姿勢を戻す。

「辰巳さん居なかったぁ」
「え、いや…あたしは何も聞いてないけど」
「今から夕食なんでしょ??」
「あぁ、そうだな。きっと夕食までには父さんも帰ってくると思うし。司も一緒に食べない??」

あれ。今あたしは何て言ったんだろう。
司も一緒に食べないか、何て心にも無いことを簡単に言ってしまった。

これじゃあまるで、あたしが司の事を認めているようなものじゃないか。

「え、いいの??」

司は襖から顔を出したまま、驚いている。
そりゃそうか、いつも突っぱねているあたしが食事に誘うなんて。
だけど断る理由もない。

「あぁ、勿論。母さんは司の事を気に入っているし、喜ぶと思うよ」
「うーん、でも今日はいいや。誘ってくれたのに、ごめんね。今日、家に帰らないと」

困ったように司はそう言う。
心から申し訳なさそうな顔をしているから、こっちも申し訳ない。

「そ、そうなんだ…」
「うん、ごめん。今日は辰巳さんに会って、それから帰るよ」

司があの何もない(何もない事は無いけど)部屋に帰らないといけない。
何かあるのだろうか。

気になったけど、あたしが干渉する事じゃない。
何もなかったように、聞き過ごせばいいだけだ。
それが1番の最善だ。

司は自分の部屋に戻ったのか、いつの間にか襖は閉まっていた。


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