落雁

まさか、探すまでも無く犯人があたしを襲うとは。

ここでずらかりたいが、あたしがしつこく嗅ぎ付けるから、邪魔だったんだ。


「見つけたぁあああああああああ!!!」

もう1度大きな看板を振り翳してくる男を見て、あたしはすぐに立ち上がった。

ガシャンと金属が叩き付けられた音がする。


「お嬢さん、こういう事には顔だしちゃいけないぜ」

頬に気持ち悪い感触が伝って、手の甲で拭ってみる。
赤黒い血だった。

マスクとニット帽で、顔は見えない。
表情も窺えない。
もしかしたら、薬を使っている奴なのかもしれない。
そうしたら結構まずいかもしれない。

いや、構うもんか。

距離を置いたあたしに、そいつは距離をつめてくる。
どんどん近付くその距離に、あたしの胸は高鳴った。

ぶん、と男が“スナックあきら”を横に振った。

あたしの腹ぎりぎりでそれは掠めていく。

よし、いまだ。


振り翳したせいで近くなった腕だけを蹴り上げる。

がしゃんと一瞬で“スナックあきら”は地面に落ちる。

男の視線が看板に移るのをあたしは見た。


そいつの手をつかんで、あたしは使い物になる左足を思いっきり振り上げた。


左足のくるぶし…の内側の方。

サッカーで言えばインサイドであろうか。


男の右頬に、クリーンヒットした。



< 95 / 259 >

この作品をシェア

pagetop