今昔狐物語


 その日の夜見世の時刻。

たいていの遊女は見世へ出るが、花魁ともなると、お客から呼び出しがかからなければ奥に引っ込んだまま動かない。

そのため花魁である夕霧つきの蛍は、彼女と共に二階にいた。

ぼんやりとしつつ、水真馳のことを考える。


(初めてだった…口づけ)


蛍の唇をさらった初めての男性。

思い出して口元がにやけそうになる。


(嫌じゃ…なかった)


けれど、彼の正体は狐。

理解してはいるが、やはり意識してしまう自分をどうにもできない。


(明日、どんな顔して会えばいいのかな?)


もはや彼女の頭からは明日、水真馳が来ないという考えは削除されていた。

「そういえば蛍、もうすぐ十七かい?」

窓辺で外を眺めながら、気怠げに煙管を吹かしていた夕霧が話し掛けてきた。

「え、あ…はい。もうじき十七になります」

「そうか…もう…」

溜息のように煙りを吐き出す。

「そろそろ、か」

何のことか尋ねようとしたら、夕霧つきの禿(カムロ)が部屋に入ってきた。

禿はまだ遊女ではない見習い少女達のことで、だいたい十歳くらいの子が多い。

振袖新造の蛍も少し前までは禿だった。

「姐さん!呼び出しです」

「わかった」

夕霧はたおやかな女性の如く微笑んだ。

「今行くでありんす。蛍もついてきなんし」

「あい」

今夜も彼女達の勤めが始まった。





 
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