今昔狐物語



 薄闇が辺りを覆い出す頃、ポツポツと妓楼に明かりが灯る。

登楼する客で賑わいを見せ始めた大通りを、振袖新造が堂々と練り歩く。

顔に微笑を湛え、優雅に八文字で前へと進む様はとても美しく立派であり、見る者の目をひいた。

「こりゃーまた。末が楽しみな子だなぁ」

「いずれは花魁かー」

ザワザワと見物人達が評価する。

金がなくとも、見るだけならタダだ。

そんな周りの雑音を聞きながら、水真馳はゆっくりと移動する蛍のことを視界の中心に入れた。


(蛍、なぜあの時、言ってくれなかったのです?)


彼女が逃げ出したいと言えば、すぐさま連れ去ることは容易かった。

こんなところで身を売るなど、誰だって嫌に決まっている。

なのに、彼女は躊躇した。

差し出した甘い餌に飛びつかなかった。


(貴女が他の男となんて……っ)


ギリッと牙を軋ませ、怒りを抑える。

今まで蛍が客をとらなかったから、気づかなかった。

自分の中に生まれていた醜いまでの独占欲。


 
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