今昔狐物語

「蛍……貴女の本当の名前は、何ですか?」

唐突な質問に、蛍の目が見開く。

「蛍」とは、この吉原に来た時につけられた源氏名だ。

生まれた時につけられた名前ではない。

「教えて下さい…」

通常、遊女に本名を尋ねることはご法度だ。

けれど、それを承知で水真馳は聞いた。

知りたかった。

本当の彼女を――。

もっと、もっと。



「……さ、ち…」



小さいながらも、凛とした声だった。

「幸せって、書いて…幸(サチ)、よ…」



――母さんは、私に幸せになってほしいって、いつも言ってた



水真馳は納得した。

彼女は自分の本当の名前に、親の愛情を見出だしていたのだ。

だから、辛くても頑張れる。

いつか、親の願い通り「幸せ」になるために…。


言い終わった蛍が襖に手をかける。

「幸…!!」


背中に水真馳の声が掛かった。


「必ず、幸せになりましょうね」


蛍――幸は泣き笑いの表情で、強く頷いた。

「うん…!」




 
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