紅茶遊戯
※ ※ ※

勤務時間より早めにアパートを出ると、私は職場のレンタルビデオショップと隣接する書店に向かった。
寒いので、もう我慢しないでコートを着ることにした。我慢というよりただ単に面倒だっなからなんだけど。
くすんだ緑のモッズコートを羽織り、首いっぱいまでファスナーを上げる。フードのラビットファーが頬にくすぐったい。


『寛永さん、いつも薄着で寒そうだし。』


小林は昨夜、放心する私をテレビの前に座らせ、さっさとDVDプレーヤーを直す作業をし、その間も動けずに座ったまま大仏化する私の手にティーカップを握らせた。
ちゃんと戸締まりしてねと、まるで子供にでも言い聞かせるようにして、部屋から出て行った。

未だに、信じられない。

私は昨日、バイトで六つも年下の小林にキスされ、押し倒されたのだ。
ストーカー化したクレーマーな客に追い掛けられた、後で。

有り得ない、日常とは到底思えない事態が目白押しだったせいで、自分の身に起こったことが映画を観ているかのよう。
逆に今は、なぜだか平常のようだ。


「いらっしゃいませー」


書店に入ると暖かくて、私はポケットの中に道中突っ込んだままだった両手を出した。

かじかまないで済んだ指先を、無意識で唇に当てる。


『俺は、正直やめたくない、』


…やっぱ全然、平常心じゃない。

いちいち小林の台詞が頭の中に浮かんでくる。
もっと考えろ、って。
私が私を、急かす。
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