幻想
 突然、青葉は不機嫌になった。なんで男って、不機嫌になり、一定の感情を維持できないのだろう。もしも女に腕力までも備わっていたら、確実に女の方が世界を牛耳りそう。鳩葉はそんなことを考える。
「どういうの」
 と鳩葉が言った瞬間、青葉が近づき、近場にあった缶ビールを一気に飲み干し、彼女は床に押し倒された。見つめ合い、酒臭い息が交錯し、空気と同化する。
「私、初めてだけど」
 鳩葉の一言に、青葉の陰部の盛り上がりが彼女の太腿に伝わった。
「好きなんだ」と青葉。
「いいよ。あなたなら」
 夏場だった。男の前でキャミソールを着ていたのがいけなかったのかもしれない。ブラをのぞかせ、無防備でもあった。キャミソールの下から青葉の手が緩急をつけ侵入し、揉みしだく。唇と唇が強弱をつけ開閉され、開かれる度に、舌に荒く不文律なメロディが絡まる。四小節の積み重ねが曲になるように、二人は一つになり、快楽とは程遠い、苦痛の中で鳩葉は、フウのことが頭をよぎった。
 繋がり、繋げる。
 でもね、フウ。繋がる、って痛い。鳩葉は涙目をこらえながら、青葉が果てるのを待った。

 鳩葉は青葉と共に三号車へ向かった。
「いる?」
 鳩葉は訊いた。
 四号車は比較的年齢層が高めだった。なんだろう、精気的な臭いが車内をはびこっている。
「イカ臭いね」
 青葉が鼻をつまんだ。
「いる?」
 もういちど、鳩葉。
「いないなあ」
 青葉は席を順繰りに見回る。不審がる車内のお客たち。
「東武動物公園で降りたんじゃない」
 特急りょうもう号は、久喜へ向い走行を開始したところだ。
「そうかもね」
「ちょっと、私、トイレ」
 というのは口実でこの機会に一号車付近まで探検しようと、鳩葉は思い立った。というのも、意外にも、りょうもう号というのは人気なのか、たくさんの人が車内に溢れ、普段出会わないような、人間たちと目と目があう。
 繋がり、繋げる。
「わかった。僕はこの場に残って、探してみる」
 青葉は腰を屈め、落とし物を探すように、座席の下を覗く。さすがに、そこにはいないだろう、と鳩葉は苦笑した。
 三号車と四号車を隔てる扉付近に、老夫婦らしき人物が仲睦まじげに、あたりめを貪っていた。くちゃくちゃとむず痒くなるような音を立てながら。どうやら、車内に充満する臭いの原因は、この二人からもたらされているらしい。
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