幻想
「ばあさん、別に演劇なんてしなくてもよ、生きることが演じることでねえか」
 と初老の男。
「じいさん、演じてばかりじゃ疲れますよ。ときにはありのままの自分をださないと」
 なるほな、と初老の男は、あたりめを、くちゃくちゃと音を立てて食べた。
 面白い考えね、と鳩葉は思い、四号車を後にした。
 三号車と二号車の間にはトイレがある。男女別であり、ついでに用を済ませようと、トイレの扉に鳩葉が手を掛けたとき、中から制服を着た少女が現れた。少し体が触れ合う。
「ごめんなさい」
 それは本心から言ってる声音だった。
 思わず、「私の方こそ・・・・・・」と鳩葉は言ったが、制服の少女は三号車の方へ向かった。
 トイレに入った鳩葉は、制服の彼女に対する本心という言葉は掻き消え、疑惑が生じた。
 そこには、リトマス試験紙を棒状にしたものが捨てずに置かれていた。端っこの部分の色が変わっている。
 はて?
 どこかでみたような。
 その答えはすぐに思いつく。
 妊娠検査薬。
 一度、青葉が避妊しないで性行為を行ったときに心配でやったんだっけ。どうやら制服の少女は妊娠しているらしい。
 拳銃、妊娠、イカ臭、どうやら、りょうもう号は何かしらの問題を抱えているらしい。
 さらに青葉の言葉を思い出す。
『制服を着た少女が拳銃を突きつけてたんだ』
 やれやれ、まさか、違うよね?
 そんな疑問をよそに、鳩葉は用を足し、まずは一号車へ向かうことにした。まだ、時間はある。そんな思いが彼女にはある。


     四号車
 
 鳥男との対峙を終え、一息ついたはいいが、「顔が、ああ、顔が」とムンクの叫びのように絹枝が頬を両手で押さえながら梨花に向かって叫んでいる。
 このままでは埒があかないと思い、「はい」と制服のポケットからヤマザクラの絵が描かれたハンカチを手渡した。さっとハンカチを絹枝は掴み、崩れた顔を清潔なハンカチで整え出した。水しぶきをとり、ファンデーションを拭い、鼻頭をポンポンと絵の最後の仕上げのように叩いた。
「これ」と絹枝がハンカチに描かれている絵に気づく。
「気づいたのね」
「ヤマザクラよね」
 そこかよ、と梨花は舌打ちをした。
 いけない子。
 女の子が舌打ちなんかするもんじゃないよ、ってマモルに優しく諭されたっけ。
「それは見ればわかるでしょ」と水鉄砲を構える。
< 88 / 112 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop