幻想
それでも翌日は、幼稚園に一人でいった。なんとなく行くべきだと判断した。園長先生に事情を説明し、彼女は驚いていた。固定電話を取り出し、受話器を耳にあて、乱雑にボタンをタッチし、色々な場所に電話をかけた。二回に一回に割合で、『その電話番号は現在使われておりません』という義務的なアナウンスが梨花に耳に届いた。園長の指は震えていた。突然襲ってきた園児の不幸。その不幸を信じられない気持ちが園長の指先に反映されていた。梨花よりも、より深く。梨花は至って平静だ。母親がいてもいなくても、セックスの現場を見るか、見ないか、の差に過ぎない。むしろ生々しい描写がなくなり、すっきりしているぐらいだ。
園長が何百回と電話のプッシュボタンをタッチしているときだった。無機質な園長室の扉が二度、ではなく三度ノックされた。二度、と認識し三度と認識した微かなズレには理由がある。それは単純だ。二と三の間に微妙な間があいたのだ。
「どうぞ」
と少し慌てた声音を園長は放つ。真っ赤な唇は唾を吐き出す過程で色が落ちていた。
扉がギッと軋む。
梨花は扉の方向を振り向き、ああ、と思わず声が漏れた。そこには、マナの母親とマナと問題の先生が三匹の子豚ならぬ、三匹のコブラよろしく首をぴんと立たせ、左からマナ、マナの母親、先生という順で並んでいた。
「これはこれは」
と園長先生がマナの母親を出迎える。サイドの二人には目もくれない。これが権力と権力のぶつかり合い。マナの父親は会社を経営し政財界にも精通している。その分身と言ってもいいのがマナの母親だ。なにが飛び出るのだろうか、梨花は興奮してきた。
『大人の喧嘩ほど幼稚じみたものはない』男と女のトリセツ 参照
「園長!マナに卑猥かつ先進的な単語を教え、困らせ、体罰じみたことをおっしゃったみたいですね。この先生が」
マナの母親が怒気を放ち、隣にいる先生に鋭い視線を向けた。先生は俯いている。もちろん視線には気づいているだろうが、梨花の予想。
「申し訳ございません。全てはわたくしの監督不行きの致す所存でございます」
魔女が魔女語を放った瞬間だと、梨花は思った。
監督不行き。便利な大人語であり、ミスや多大な失敗、取り返しのつかない事態に用いられる。
「それがわかってるならよろしい」
園長が何百回と電話のプッシュボタンをタッチしているときだった。無機質な園長室の扉が二度、ではなく三度ノックされた。二度、と認識し三度と認識した微かなズレには理由がある。それは単純だ。二と三の間に微妙な間があいたのだ。
「どうぞ」
と少し慌てた声音を園長は放つ。真っ赤な唇は唾を吐き出す過程で色が落ちていた。
扉がギッと軋む。
梨花は扉の方向を振り向き、ああ、と思わず声が漏れた。そこには、マナの母親とマナと問題の先生が三匹の子豚ならぬ、三匹のコブラよろしく首をぴんと立たせ、左からマナ、マナの母親、先生という順で並んでいた。
「これはこれは」
と園長先生がマナの母親を出迎える。サイドの二人には目もくれない。これが権力と権力のぶつかり合い。マナの父親は会社を経営し政財界にも精通している。その分身と言ってもいいのがマナの母親だ。なにが飛び出るのだろうか、梨花は興奮してきた。
『大人の喧嘩ほど幼稚じみたものはない』男と女のトリセツ 参照
「園長!マナに卑猥かつ先進的な単語を教え、困らせ、体罰じみたことをおっしゃったみたいですね。この先生が」
マナの母親が怒気を放ち、隣にいる先生に鋭い視線を向けた。先生は俯いている。もちろん視線には気づいているだろうが、梨花の予想。
「申し訳ございません。全てはわたくしの監督不行きの致す所存でございます」
魔女が魔女語を放った瞬間だと、梨花は思った。
監督不行き。便利な大人語であり、ミスや多大な失敗、取り返しのつかない事態に用いられる。
「それがわかってるならよろしい」