幻想
と憧れをオリジナルにするには真似から入るべきだと、梨花は心得ている。
梨花の対応に、「ふつ」と鼻で笑われた。黒髪の女性の隣には、貫禄充分であり、お金、の匂いをする男が座って、文庫本を呼んでいる。右手で本を固定し、左手は黒髪の女性の太腿に添えている。その自然な行為に梨花は目を見張り、こんな男もいるんだ、と妙に感心する。
でも、どこかで見たような?
気のせいだろうか。
梨花にはわからない。
「素敵です」
それだけを言い残し梨花はその場を立ち去った。黒髪の女性が首を傾げ、クッ、と感情の読み取れない単音を発した。
また四号車に戻るときに、その理由を尋ねてみるのも人生勉強かもしれない。
三号車と二号車の間のトイレに入った。梨花は、実を言うと体調が悪い。いつからだろう?まず不快なのは、生理がこないことだ。ある予感がよぎる。十六と十七の狭間で梨花は平べったい棒状の妊娠検査薬を取り出し、使用した。信号のように赤から青に変わった。
陽性だった。
梨花は嬉しさと大丈夫だろうか、と折り混ぜになった感情を胸に秘めトイレの扉を開き、四号車へ戻ろうとした。その際に、鳩の目のようにこぶりな女性と肩がぶつかった。
「ごめんなさい」
と梨花。
「大丈夫?」
と鳩の目のような女性が心配そうに訊ねて来る。
しかし、梨花は無表情に立ち去った。妊娠していた事実にぶち当たったから。
四号車
恭一が呼んでいる本の題名は、『明日への階段』だった。ありきたりな題だ、と鈴音は思った。
「ありきたりだと思ってるんだろ」
恭一が鈴音の心を読み取ったように応えた。この読み取り技術に鈴音は惚れた、と言っても過言ではない。彼女は言葉で考えを主張しないし、察してくれることを相手に望んでいる。傲慢に思えるだろうが、そうやって生き、種々雑多な男と交際を重ねてきた。人生は混濁を極め、男は様変わりし、ようやく満足のいく男と出会った。財を所持し、どこか掴みどころがなく、おそらく想像でしかないが、多くの女性を抱いてきたことだろう。雰囲気の節々からそれらが伝わってくる。
「明日と階段を上がる、という図式が目に見える」
「それでも僕らは階段を昇らなければならない」
「なぜ?」
「上からの景色を見たいから」
恭一は梨花の膝の上に手のひらを乗せた。
「会話の流れとしてはいいわね」
梨花の対応に、「ふつ」と鼻で笑われた。黒髪の女性の隣には、貫禄充分であり、お金、の匂いをする男が座って、文庫本を呼んでいる。右手で本を固定し、左手は黒髪の女性の太腿に添えている。その自然な行為に梨花は目を見張り、こんな男もいるんだ、と妙に感心する。
でも、どこかで見たような?
気のせいだろうか。
梨花にはわからない。
「素敵です」
それだけを言い残し梨花はその場を立ち去った。黒髪の女性が首を傾げ、クッ、と感情の読み取れない単音を発した。
また四号車に戻るときに、その理由を尋ねてみるのも人生勉強かもしれない。
三号車と二号車の間のトイレに入った。梨花は、実を言うと体調が悪い。いつからだろう?まず不快なのは、生理がこないことだ。ある予感がよぎる。十六と十七の狭間で梨花は平べったい棒状の妊娠検査薬を取り出し、使用した。信号のように赤から青に変わった。
陽性だった。
梨花は嬉しさと大丈夫だろうか、と折り混ぜになった感情を胸に秘めトイレの扉を開き、四号車へ戻ろうとした。その際に、鳩の目のようにこぶりな女性と肩がぶつかった。
「ごめんなさい」
と梨花。
「大丈夫?」
と鳩の目のような女性が心配そうに訊ねて来る。
しかし、梨花は無表情に立ち去った。妊娠していた事実にぶち当たったから。
四号車
恭一が呼んでいる本の題名は、『明日への階段』だった。ありきたりな題だ、と鈴音は思った。
「ありきたりだと思ってるんだろ」
恭一が鈴音の心を読み取ったように応えた。この読み取り技術に鈴音は惚れた、と言っても過言ではない。彼女は言葉で考えを主張しないし、察してくれることを相手に望んでいる。傲慢に思えるだろうが、そうやって生き、種々雑多な男と交際を重ねてきた。人生は混濁を極め、男は様変わりし、ようやく満足のいく男と出会った。財を所持し、どこか掴みどころがなく、おそらく想像でしかないが、多くの女性を抱いてきたことだろう。雰囲気の節々からそれらが伝わってくる。
「明日と階段を上がる、という図式が目に見える」
「それでも僕らは階段を昇らなければならない」
「なぜ?」
「上からの景色を見たいから」
恭一は梨花の膝の上に手のひらを乗せた。
「会話の流れとしてはいいわね」