略奪ウエディング



――「皆さん、…今までお世話になりました。ありがとうございました」

定時になり、梨乃が皆の前で挨拶をする。
大きな花束を抱え、瞳に涙を湛えながら。
大きな拍手に包まれて彼女は深く頭を下げた。

「赤沼部長…片桐課長。…ありがとうございました」

彼女は俺とアカマメにも改めて丁寧にお辞儀をした。
そのとき久々に彼女と目を合わせた。
綺麗な涙で縁取られる瞳は、これまでとは何も変わらない。彼女を見てそう思った。
あのとき君は、何を言うつもりだったのだろう。泣き崩れる君を背中に感じながら逃げるように立ち去る俺の背中を見て、君は何を思ったのだろう。

今さら自分の行動が間違いであったような気がしてならなかった。
俺は君の気持ちを知りもせず自分のことばかりを考えていた。

恋しい気持ちは募るばかりなのに、素直になれずに大きな溝を作ってしまった。
今さらどうしたなら、君をこの腕に抱きしめることができるのだろうか。

その髪を梳きながら、耳元で愛を囁き、その肌に触れ、夜が明けるまで君を求めた、あの時間を取り戻すことはもう出来ないのだろうか。

彼女の指に光る婚約指輪が、俺の心をその光で打ち抜いてくる。
目を逸らしたくなるけれど、俺は彼女の笑顔を正面から見つめていた。こうして君を見ることが、これで最後にならないことを願って。


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