略奪ウエディング
「いいです!もうやめて…」

「早瀬、だって」

「課長の手が痛くなるだけです、お願い…」

課長はようやく身体から力を抜いた。

私の方を向いて、髪をサラッと撫でる。

「俺は、思ってないから。あいつの言ったこと。何一つ」

「はい」

大丈夫。だって私は今、泣いていないでしょう…?傷付いてもいない。
私を泣かせるのは、課長だけなんですよね?

でも…。

「もう、あんなのは…嫌です」

「え」

「土下座とか。私のためにそんなこと…」

悲しくて心を引き裂かれているようだった。
東条さんに言われた言葉なんかよりも、ずっとずっと…。

「ごめん。必死だった。どんなことをしても、許してもらいたかった。君の気持ちも考えずに軽率だったね」

そのまま課長の唇が私の耳にそっとキスをしてくる。

「きゃ…」

くすぐったくて身体をよじった。
その瞬間、吐息混じりの囁き声が耳を掠めた。

「…これで君は、俺のものになった。もう、後悔しても取り消せないからね。最後の質問は先ほどの一度きりだよ」

それを聞いて、長かった片思いがようやく終わったのだと初めて思った。終わり方は想像していたものとは逆だったけれど。

二人を阻むものはもう何もない。恋に恋する夢見る時間は、現実のものとなる。

だけどきっと、これからも今まで以上に課長にドキドキさせられてしまうのだろう。そんな嬉しい予感に胸が震える。

私は耳の周りに落とされる課長の柔らかいキスを、首を伸ばして受け入れながらそっと目を閉じた。


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