略奪ウエディング
「そろそろ行こうか」

言いながら立ち上がり、課長は私に片手を差し出した。
私はその手を取って立ち上がる。

しっかりと繋がれた、温かい大きな手。
これからは、優しくて素敵で大好きな人がいつもこうして私を離さないでいてくれる。
これ以上を望んだら罰が当たる。

――『お前。重いんだよ、気持ちが。こわすぎ』
突如、脳裏をよぎった昔の彼の言葉。
ゾクッと背筋が凍る。

「ん?梨乃?どうした」

私の浮かない顔を見て課長が心配してくれる。

「いえ、あの、…もっと一緒にいたかったなって。課長と二人でお昼休みを過ごすのが夢みたいで…幸せだと思って…」

私がそう言うと、課長は私の手をパッと離した。

…えっ!
ドキッとする。

まさか今の言葉が重いと思われてしまった!?

だが、次の瞬間、課長の腕が私の肩を抱いた。

「だから。可愛すぎだって」

そう言いながら課長は私の頭にチュッとキスを落とす。

ときめきと安堵が同時に心の中に湧き起こる。

言ってはいけない。自分から望んじゃダメなの。
願うばかりの恋愛はもうしないと決めたから。

――「愛している」と言って欲しい、だなんて口にしたなら課長の心に負担をかけてしまう。

いつかきっとあなたの口から聞ける日が来ると信じよう。自分から求めてはいけない。

だけど、不安で堪らないの。
課長がどうして私と結婚しようと思ったのかが分からない。
課長は素敵な人だから私の代わりはたくさんいる。

…そう思ってしまう自分が嫌なの。

私が課長しかいないと思っているように、課長にとっても私だけなんだと信じたい。
どうか信じさせて。

たった一言でいい。
私の不安を早く吹き飛ばしてほしい。



< 43 / 164 >

この作品をシェア

pagetop