腕枕で朝寝坊
*Dear Woman
お礼SS
~Dear Woman~
新婚編
紗和己視点
父が不在がちで母と姉ふたりと云う女系家庭に育ったので、女性への理解は多少はわきまえているつもりだ。
けれど、やっぱり身体が男である以上、その理解は想像の範疇を出ない。
結局、理解ってるようで理解ってあげられない事が、自分でも不甲斐なく思う。
「…………」
(……そうか、もうすぐかな)
さっきから一時間近くもボンヤリと窓辺に吊るされてるサンキャッチャーを眺めている美織さん。
どうやら制作の方は手に付いてないらしく、テーブルの上には一向に進んでない作りかけの硝子やワイヤーが放置されている。
一緒に暮らし始めて1年と少し。時々訪れる彼女のこの現象がなんなのか、僕にはもう分かっていた。
おそらく。生理が近いのだ。
男には決して理解ってあげられないものだけど、それが身体だけでなくメンタルにも大きく影響を及ぼす事は、中学生のとき姉にやつあたりでクッションを投げつけられた経験のある僕は知っている。
もちろん、美織さんはそんな事はしないけれど。
いや、それで彼女の気が晴れるなら大歓迎だけども。
けど、美織さんはただ黙ってサンキャッチャーを見上げてる。まるで魂が吸い込まれるように。
そうして時々、あてどない溜息をつく。
その、内なる辛さが理解ってあげられない事が、僕には悲しい。
イライラしてるのか、落ち込んでいるのか、それともどこか痛いのか。いっそ全てを引き受けてあげられたらいいのに。
そして、こんな時は彼女をひとりにしてあげた方がいいと云うのも、1年と少しの歴史で僕は学んだ。
サンキャッチャーを眺め続ける小さな背中を不甲斐ない思いで見つめてから、僕はそっとリビングを後にした。
何か、美織さんにしてあげられる事は無いだろうか。
そう思うのは男のエゴかもしれない。その辛さを知ることも出来ないくせに、慰める事で自分が安心したいだけの。
けれどそれでも、彼女の笑顔を増やしたいと願うのは、この先何十年も一緒に生きていく夫の許されるワガママだと。僕は僕に言い聞かせて、書斎で自分のパソコンを開いた。
メンタルのケアは難しい。身体と違って個人差が激しいから一律な手段ではいかない。
美織さんに必要なものはなんだろう。どうして彼女は延々とサンキャッチャーを見上げ続けるんだろう。
随分と長い時間、何か手がかりはないかとインターネットの海を泳いでいたとき。
一件のウェブ広告が僕の目に止まった。
翌月。
雨の降る窓辺に吊るされたサンキャッチャーを、どこか夢うつつの様に眺める美織さんを見て、僕は今月もそろそろだと云う事を悟る。
「美織さん」
小一時間、人形のように動かなかった背中が僕の呼びかけに反応してゆっくり振り返る。
「なに?紗和己さん」
言葉はいつもどおりだけど、やっぱり表情にはどこか辛そうなものが滲んでいて。僕の胸が少し苦しくなる。
救わせて下さい。
僕のエゴかも知れないけれど、ほんの少しでも貴女の慰めになれば。
「これ。プレゼントです」
そう伝えて、僕は彼女の白い手に小さな硝子の小瓶を握らせた。
「え……?」
驚いた様子の美織さんの瞳には、ラメが入った淡いパープルの小さな小さな小瓶が映る。
6月の紫陽花にも似た色の液体がゆらめく小さな硝子瓶。
「マニキュア……?」
「ええ。海外のコスメブランドなんですけど、12色セットのミニネイルカラーが限定で売られてて。それを買ったんです」
僕の説明に、美織さんが不思議そうな表情を浮かべる。
「これから一ヶ月に一個ずつ、それをプレゼントさせて下さい。いつも“女性”として頑張ってくれてる美織さんに、お疲れ様のご褒美です」
美織さんは綺麗なものが好きだ。
いつだって女性らしく、ネイルを淡い色で彩る事を欠かさない。
“女性”でいるには男には理解らない辛さも沢山あると思う。
けれど、それでも美織さんに女性である貴女を愛し続けて欲しいと思うから。
どうか、その煌く小瓶たちが、貴女の心を癒してくれますように。
嬉しさを滲ませ綻んだ笑顔で、美織さんは僕に告げる。
「嬉しい。紗和己さん、どうもありがとう」
と。
大切そうに小さな小瓶を手の平に包み「綺麗。雨に濡れた紫陽花みたい」と、感嘆の溜息のような声で呟いた。
女性にとって憂鬱な時期。男である僕には永遠に理解ってあげられないけれど。
書斎のシェルフに置いたネイルカラーボックス。残り11色の小瓶がキラキラと並ぶそれをひとり眺めた。
憂鬱な時期の彼女の心に、綺麗な花が添えられますように。
そう願って、来月はどの色をプレゼントしようかなと、ひとり思案に暮れた。
~Dear Woman・完~