天使の涙
不器用なヒト



夏も終わりに近付いたある日、朝から畑山先生は不在で、リビングのテーブルの上には小さなメモ用紙に書き置きが残されていた。


『夕方には帰ります』

とても大人が書いたとは思えないような汚い字。何処に行くのかも、連絡先の電話番号さえも記されていない簡単な文章。


しかも、余程急いでいた為か¨す¨の最後がやたら長い。


慌てて支度している低血圧の畑山先生を安易に想像できる。
吸い殻が山済みになっている灰皿に目を落とし、私はそれを片付ける為にキッチンの方へ持って行った。


「あ」


そこで見たのは1リットルサイズの牛乳パックの空箱…が二つ。
名前も顔も分からない牛乳好きな施設の子供。


「どーでもいいけど…飲んだらパックくらい洗ってよね」


ヘビースモーカーの癖に吸い殻を片付けない畑山先生に、牛乳パックを放置する謎の人物。私がリビングを掃除しなければ、きっと腐海のようになるに違いない。
週に一度ここに来る掃除のおばちゃんも、有り得ない汚さに腰を抜かしてしまうだろう。いや、私が来る前はもしかしたらそうだったのかもしれない。


「私は家政婦かよ」


水道水でガチャガチャと灰皿と牛乳パックを洗い、リビングを一通り掃除してから部屋に戻った。


「……あれ?」


机の上に、見覚えのない天体望遠鏡が置かれている。こんなもの、部屋を出る前には無かった。

誰かが置いて行った?
何の為に?


星を眺めているのをどこからか見られていたのだろうか。


「使って良いよって、ことだよね」


誰だか分からないけど有り難う。
せめて御礼くらい直接伝えたかったけど、もしもいつか会えた時には、その時は必ず。


「うわ…」


ズッシリと重量感のある望遠鏡を慎重に持ち上げ、三脚の上にセットしてみる。
玩具を与えられた子供のように、思わずはしゃいでしまった。


「凄い!」


今日は快晴。
夜はこの望遠鏡を使って星を見てみよう。今から楽しみで仕方無い。


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