ラストバージン
「もう冬が終わりますねぇ」


ポツリと呟いた榛名さんの口調があまりにもしみじみとしていて、その何とも言えない穏やかな雰囲気に思わず小さく吹き出してしまう。
すると、彼が怪訝な顔をした。


「あ、すみません。何だか、可愛らしくて……」

「男に〝可愛らしい〟は、全く褒め言葉じゃないですよ」

「そうですよね」


肩を竦めた私に釣られるように、榛名さんが破顔した。


家が同じ方向の私達が一緒に帰るのは自然の流れで、彼はやっぱり私の歩調に合わせてくれている。
春先間近の空気はまだ冷たいけれど、穏やかな時間に温まった心が寒さを感じさせないのか、むしろポカポカとしているようにすら思える。


「そういえば、僕達は指定席が同じみたいですね」

「え?」


何の事を言われているのかわからずにキョトンとすると、榛名さんがすぐに柔らかく微笑んだ。


「カウンターの左端」

「あ……」


ピンと来た私に、ニコニコと嬉しそうな笑みが向けられる。


「楓では、僕もあそこが指定席なんです。何となく、落ち着くんですよね」

「あ、わかります! 私もそうなんです」


大きく頷きながら笑えば、榛名さんがフッと瞳を緩めた。

< 130 / 318 >

この作品をシェア

pagetop