ラストバージン
榛名さんの言葉には、もちろん他意はないのだろう。


「そうかもしれませんね」


それなのに、私の胸の奥が勝手にトクンと高鳴って、表面上では平常心を装いながらも彼から目を逸らしてしまっていた。


ドキドキしている訳じゃない。
変な期待感を持った訳じゃない。


胸の奥が高鳴ったのも一度だけで、それだってとても小さなもの。
それでも、綻ぶ口元を上手く誤魔化す事は出来なくて、わざとらしく空を仰ぐ。


「結木さん」


その直後に呼ばれてドキリとしてしまった私は、きっとあまり平静を装えていなかったように思う。


「上を見ながら歩いていたら危ないですよ。まぁ、もう結木さんの家に着いてしまいましたけど」


ただ、榛名さんは至って普通で、相変わらずニッコリと笑っていた。


好意的な表情を見せられて拍子抜けしてしまったのは、無意識のうちに何かを期待してしまっていた証拠なのだろうか。
その答えを知るのが恐くて疑問からはすぐに視線を逸らし、代わりに彼を見上げた。


「送って頂いてありがとうございました。それから、ご馳走様でした」


榛名さんは首を横に振って笑顔を見せ、「おやすみなさい」と言い残して立ち去った。

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