ラストバージン
見慣れたマンションが徐々に姿を現し、後もう少しで着く。
そんな時、右隣りを歩いていた榛名さんが足を止めた。


「……どうしたの?」


すぐに気付いた私は、不意の事に怪訝に思いながらも振り返って微笑む。
そんな私の瞳をじっと見つめた榛名さんは、程なくしてゆっくりと口を開いた。


「ところでさ……」

「うん?」


脈絡のない切り出しに、笑みを浮かべたまま小首を傾げる。
すると、榛名さんは僅かに緊張したような面持ちになった。


「僕達、そろそろ付き合ってみない?」


夜風に乗せられた台詞が私の耳に届いたけれど、それを理解するまでに何秒もの時間を要してしまって……。

「…………え?」

散々待たせた挙げ句、自分の口から漏れたのはたったの一文字だった。


「えっ……えっと……あの……」


視線をキョロキョロと彷徨わせる私は、どう見ても挙動不審な女。
そんな私を見つめたままの榛名さんが、どんな顔をしているのかがわからない。


〝そろそろ〟という事は、もうずっと前から考えてくれていた事だったのだろうか。
パニックになっている頭の中で考えてしまったのは、今はどうでもいいような事だった。

< 191 / 318 >

この作品をシェア

pagetop