ラストバージン
「……で、そんな顔をしてるのはどうして?」

「え?」


昼食の後、ぐずり出した恭平君をゆりかごから抱き上げた恭子が、微苦笑を浮かべながら私を見た。


「〝いっぱいいっぱいまで悩んでる〟って、顔に書いてあるよ」

「敵わないなぁ、恭子には」

「どうしたの?」


おどけたように笑った私に、恭子が優しく微笑んだ。


「言いたくないならそれでもいいんだけど、結構切羽詰まってるんじゃない? 今の葵、あの頃と同じ顔してるよ」


(本当に敵わないな……)


さっきと同じ言葉を心の中で呟き、自然と浮かんだ微苦笑のまま視線を落とす。


「葵がそういう顔してる時って、大体ロクな事考えてないんだもん。あの時だって一人で抱えて潰れそうになってたくせに、誰にも相談していなかったなんて……」

「誰かに相談出来るような事じゃなかったから……」

「でも、あの時は私だけには話してくれたでしょ? 今回は私にも話せない?」


今にも堰を切ってしまいそうな心は助けを求めているけれど、無垢な赤ちゃんが眠っている神聖な空間で話してもいいような事ではないのはわかっている。
だから、気持ちとは裏腹に、自ら口を開く事が出来なかった。

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