ラストバージン
【日高義成(よしなり)】と書かれた胸元のネームプレートを見て、目の前の男性がこの春からうちに来た外科医だと知る。
院内ですれ違った事はあったのかもしれないけれど、日高先生が系列病院からうちに来たのは私と入れ違いだったし、病棟が違うからこれまで接する機会もなくて、小児科病棟の先輩から聞いた名前と噂だけしか知らなかった。


まだ三十歳だという彼は腕が良く、院長のお気に入りだとか。


新年度を迎えたばかりだった春頃に、女性スタッフ達の間で話題となっていたような気もするけれど……。小児科に配属されてからの私は仕事以外に目を向ける余裕がなくて、日高先生の事は噂の一部分でしか知らなかった。


「患者さんが亡くなる度に、一人で泣いているの?」

「あっ……」


私の表情から図星だと悟ったらしい日高先生が、綺麗な顔を歪めて苦笑を浮かべた。


「噂では優秀だと聞いていたけど、君みたいに涙脆い子は看護師には向いていないと思うよ」


目を小さく見開いた私に、彼が表情をそのままに続ける。


「優しさは看護師としても人間としても必要だけど、君みたいに泣いてばかりだと自分が持たないだろう」


日高先生は両手を伸ばすと、私の目尻に溜まっていた涙を親指の腹でそっと拭った。

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