ラストバージン
それから、私は以前にも増して非常階段の屋上の踊り場に足を運ぶようになった。


先輩や師長に叱られた時、小児科の患者さんが亡くなった時。
そして、患者さんの病気が完治して退院出来た時や、患者さんの家族や先輩達から褒められた時。


つらい時に行く場所だった隠れ家の使用法に、いつしか喜びを感じた時の行き先としても加わった。


手術や回診はもちろん、外来の診察も熟す日高先生はとても忙しくて、数回に一度しか会えなかったけれど……。

「いらっしゃい、葵ちゃん」

会えた時にはいつも、優しく微笑み掛けてくれた。


「今日は、嬉しい時の顔だね」

「はい。ずっと高熱だった子が随分と回復して、今日は食事も摂れるようになったんです」

「それは嬉しいね」


日高先生は、院内で私とすれ違った時に傍にいた看護師が『この間まで外科にいた先輩なんです』と何気なく口にした後すぐにこの場所で私を見掛けたらしく、それ故に印象に残っていたのだと言っていた。


初対面から二週間が過ぎた頃にその事を聞かされて、きっと何度も泣いているところを見られてしまったのだろうと苦笑を零したけれど……。最初に弱さを見られてしまっていたおかげなのか、日高先生の前だけでは素直に泣く事が出来た。

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